どうにか生きています。

反吐をぶちまけます。最近筋トレ始めました。

生きながら火に焼かれて

 

 

生きながら火に焼かれて

生きながら火に焼かれて

 

 

十数年前に教師が紹介していた本。

もう一度読み返しましたが、今となっては作者の故郷は「この世の男の理想の世界では?」という感想しか出てきませんね。

料理の塩加減を間違えたくらいで父親から殴られたり、家畜の柵にしばりつけられて叫べないようにスカーフ口の中に押し込められて一晩中そのままにされていたり、似たような事やる男って世界中にうじゃうじゃいるじゃないですか。

 

それに父親や夫に完全服従するって、世界中で男が望んでいる事ですよ。実際作者もヨーロッパの男と結婚したけど、故郷で男に完全服従しているから、ヨーロッパの夫にも同じ事やって感激されたと書いていましたし、流石に名誉殺人まで行くと非難されるからやらないだけで、要求は先進国といわれてるような男でも同じなのでは?

作者は最後のあとがきで「女性が男に服従する事のない人生を送る事を望みます」とかいってるけど、自分は夫に服従してるじゃん、と思いました。

 

母親も母親ですっかり奴隷洗脳されてるので、娘が生まれたら「必要ないから」と窒息死させているし、火あぶりにされて生き延びて病院に入院している娘(作者)に毒を飲ませて殺そうとするし、母の愛は海よりも深いというのがいかに嘘か良く解りますね。

 

今読むと作者の奴隷っぷりに苛ついてしょうがないです。スイスに亡命した時も現地の女性にいちいち驚いて「彼女たちは殺されてしまう」とか騒いでいるの、うっとおしいなーと思いました。イスラム移民が西洋へきて現地の女性を非難したりするけど、それみたい。

スアドの言葉

 

 

「 私の生まれた国では、女性には暮らしと呼べるものなどないんです。多くの娘が虐待され、打たれ、首を絞められ、火あぶりにされ、殺されています。それでも、あの国ではそれが当たり前のことなんです。義理の兄の仕事を遂行しようと、母は自分の娘である私に毒をもろうとしました。母にとっては当然のことなんです。めった打ちにあって当たり前、首を絞められても当たり前、虐待されろことが普通なんです。父はよく言っていました。牛や羊のほうが娘などよりずっと価値があると。もし死にたくなかったら口をつぐんで服従し、はいつくばい、処女のまま結婚して息子を産むことです。もし私も野原で男性と会っていなかったら、こうした
生活をしていたでしょう。産んだ子供たちは私のようになって、子孫の子孫も、同じことを繰り返すでしょう。もし今でもあの国で生きていたら、母のように産んだばかりの女の赤ちゃんを窒息死させていたでしょう。娘が火あぶりに遭っているのを見ても、ほっておくでしょう。向こうではそれが普通のことだからです。
 今は、こうしたすべてのことにぞっとします。凶悪なことです。でも、あの村で生きていれば、同じようにするのです。向こうの病院のベッドで死にかけていたときでさえ、死んで当然なのだと思っていました。それでも、ヨーロッパに来て、二十五歳ぐらいになり、まわりの人たちの話を聞くうちに、私にも物事が理解できるようになってきました。女性を火あぶりにするなどとんでもないと考えられている国がたくさんあること、女の子も男の子と同様に育てられている国のほうが一般的なのだということ。私は村のことしか知らなかったのです。村がすべてだったんです。市場を越えると、もうそこは異常な世界でした。というのも、そこでは娘たちが化粧をし、短いスカートをはき胸元を見せて歩いていましたから。彼女たちが異常で、私の家族は正常。私たちは純粋で、市場の向こうの人々は不純、そう頭に叩きこまれていました。
 女の子はなぜ学校に行かせてもらえないか? 世の中のことを知ってはならないからです。私たちにとってもっとも重要な人物、それは両親。両親が言うことには、何があろうと従わなくてはならない。知識も教育も法律も、すベて両親から与えられるのです。だから女の子に学校は必要ないのです。通学かばんを手にバスに乗ったり、きれいな服を着たりしなくてすむように。書いたり読んだりできるようになると頭がよくなりすぎてしまいますから、女の子にとってはよくないんです。私の弟は家族で唯一の男の子でした。ヨーロッパの男性と同じような服を着て、学校にも映画にも床屋にも、自由に外出できるのです、なぜでしょう。それは両脚のあいだにおちんちんがついているからです。弟は幸いにもふたりの息子に恵まれました。でも、一番ラッキーだったのは彼ではありません。この世に生を享けなかった彼の娘たちです。生まれてこなかったという最高のチャンスに彼女たちは恵まれたのです」

 

それに彼女は朝から晩まで家事に畑仕事に家畜の世話やって、一日中働いていますね。現金を得る仕事は父がやっている。名誉殺人がはびこっている国ですら女は一日中働いているんだから「女も働かせろ」なフェミニストは的外れだと思うんだよな。

 

日本の女はこれよりマシだろとか言う日本男児に利用されてるし、今となっては彼女みたいに悲惨な人生を送っていても「ふーん」としか思えないんだよな。

あと作者の父親のように日常的に娘を殴る父親がうようよいるから「大事な娘」という概念そのものが疑わしい。

 それと作者の故郷では男と目が合っただけ、男と会話しただけで「娼婦!」だの言われていますが、日本でもミニスカートを履いていただけで娼婦!だの人前で化粧をしていただけで得意気に娼婦!だの言われているので、そこまでの差はないのでは?

あとアニメサイコパスの男の総監督が映画の試写会で「女性が多くて残念」とか平気で発言してるので、日本も根本な所で大差ないと思うんですが。