どうにか生きています。

反吐をぶちまけます。最近筋トレ始めました。コメント返しは気まぐれです

エロティックキャピタル メモ

 


またしてもメモ代わりに文章を引用しておきます。

 

>>性的サービスを売ることにまつわる「道徳的」な批判は、エロティック・キャピタルがお金や富、地位、権力と交換されるその他のすべての状況にも及ぶ。

それに近い仕事(ストリッパーなど)はみだらでいやらしく、低俗で淫乱だと汚名を着せられる。金持ちと結婚したがる若い美人は「金目当ての女」の烙印を押され、人の道を外れて不当に男性を利用していると糾弾される。その奥に潜むのは男性から女性が望むものは何でも、特にセックスはただで手に入れて当然たという理屈である。

男性は金目当てでもかまわないが、女性にはそれを許さない。女性は全てを無料で愛のために提供しなければならないというわけだ。

残念なことに、フェミニストの多くがこの考え方を批判するのではなく、支持する側にまわっている(P95)

 

>>

男性の性的権利という発想から、男性の中にはこんなことを言う者もいる。ストリップクラブの“誠実な”ダンサーは踊りの料金を請求するべきではない。バーのホステスが“本当に”自分を好きなら一緒に過ごす時間に対して料金を求めるべきではないというのだ。

同伴や性的接待にチップや贈り物や料金を求める女性には、不誠実で堕落した「あばずれ」だと主張する。

特に若い男性はお金(エコノミック・キャピタル)とエロティック・キャピタルの公正な交換を認めたがらない。男性の性的権利というイデオロギーが欲しいものはただで手に入れて当然という思いに繋がっている。(P100)

 

 >>実のところ、もっと穏やかなギデンズの見解と一致しており、男性優位主義の価値観を女性に押し付ける「二重思考」の広がりを説明している。

理想的な女性はいつでも性的な刺激を与えてくれる美女だが、彼女たちは自分の美しさや性的魅力に自意識過剰になってはならず、どんなことであれ、それを利用してはいけない。もちろんパートナーを犠牲にするのはご法度だ。知的で自分の考えを持っているが、常に男性に従い、自分の意見で彼をうんざりさせてはならない。

男性は女性に無償の愛を求めるが、同じことを女性が男性に求めるのは許さず、一切の要求を認めないことさえある。これは何かに“役立たせる”交換条件なしに男性が思い通りに振る舞えるギデンズの「純粋な」関係にかなり近い。(P102)

 

>>職場で男性が行うこと、職場に持ち込むことな何でも評価され、報酬をもらえる。ところが女性は「キャッチ=22」的などうしようもないジレンマの状態にある。

現代の美の基準から外れれば非難されるが、魅力にあふれ、チャーミングだったとしてもそのために利益を得る事はまれである。

要するに男性は「道徳性」を振りかざし、女性が相対的に優位に立てる資産を利用できないようにする。そして、実際にその資産を利用して首尾よくお金や地位を獲得できた女性を侮辱するのだ。

この男性優位主義的な戦略をアングロサクソンフェミニズム、例えばシモーヌド・ヴォ―ヴォワールのようなフランスのインテリ・フェミニストですら支持している(p104)

 

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なぜフェミニストはエロティック・キャピタルの存在を明らかにし、その価値を認められなかったのか?それは結局、フェミニズムの理論が男性優位主義的な考え方から抜け出せず、批判しているかのように見えて肩入れし、強化してきたからだ。(p104)

 

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ところが男性優位主義のグループ(男も女も)もフェミニストたち(男女)も、女性がエロティック・キャピタルと性的能力を活用して高収入や利益を得る自由への反対運動を行っている。

論点は違うものの、この二つのグループは同じことを目指している。どちらも男性は女性の性行為に対価を支払わず、望むものを何でもただで手に入れるべきで、それが無理なら、(急進派のフェミニストや一部の宗教団体のお望みどおり)セックスなしの生活に慣れるべきだというのだ。(p117)

 

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性的行為やそれに類似した行為のために日々行われている金銭や報酬のやりとりは、男女はすべてにおいて同等であるという急進的なフェミニストの神話のせいで、すっかり混乱させられてしまった(p266)

 

>>>性欲の差につけ入るという交渉での強みがあろうとなかろうと、男性優位主義と急進的フェミニズムが不自然にも手をつなぐことによって、女性がエロティック・キャピタルを利用する自由は制限されているのである(p267)

 

>>>男性優位の考え方と価値観は、急進的なフェミニストの「男女同権」のレトリックによって、批判を浴びるより、むしろ力を得た。(p279)

 

>>>いずれにせよ、ここでも「二重思考」が当てはまる。性的行為を正当化するための愛という概念は男女で異なった使い方をされているのだ。女性は「あなたをとても愛しているわ。あなたを幸せにするためなら何だってしてあげる。もちろんセックスもね」と言い、男性は「気が狂いそうなほど君を愛している。だから君は僕の欲しいものは何でもくれなくちゃいけない。もちろんセックスもね」と言うのだ。ここに不均衡が生じ、中にはこれに目をつぶる人もいる。(p278)

 

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銀行員が利益は生むものの少々胡散臭い仕事をしてボーナスをもらうことからも分かるように、男性はお金目当てで働くことと、ときには貪欲さをあらわすことまで許されている。一方、女性は資本主義経済においてさえ、お金目当てで何かをするのは許されない(p288)

 

 

女にも男にも「優しいフェミニスト」にもうんざりしていた私にとっては、この本は革命的でした。しかし邦題がなぁ…「すべてが手に入る自分磨き」とかそんな温いもんじゃなくて革命しようって話なのに。