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アスパラガスのアスペルガー日記

性暴力サバイバーかつ、アスペルガーであることが最近解った女の備忘録。あと呟きとか本の感想とか。初めての人はカテゴリから「はじめに」をご覧ください。同居は両親と猫と犬

『燃えよ エコトピアン』

 

 

少し古めの本です。

 

P90 ダスティ・ホフマンとの三日間

 

ちょうどトッツィーという映画が放映した直後に、ダスティホフマンが来日しています。そこでこの本の作者でもある山本コウタロー氏が同行し、話をします。

その時のダスティホフマンの発言↓

 

「『トッツィー』で女装してどうだったかって?まるで違う惑星に来たみたいだったよ。世界がまるで違って見えるんだ。いや、正確には、世界の人々の僕を見る眼が、まるで違ってしまうんだ」

 

「僕がダスティ・ホフマンでいるときは、周りの人々は僕をダスティ・ホフマンとして扱う。ところがその同じ僕が女装しただけで、男たちの反応ときたら、そりゃあ、ひどい。チラッと一瞥ハイさようなら。次の瞬間にはもう他の女性を求めて視点は移動しているんだ。こんなブサイクに用はない、もっといいコいないかなぁって様子がありあり。話をしていてもウワの空、ろくに聞いてさえいないね」

 

「反対に、女性が、ドロシー(女装した僕)を見る眼は、あたたかく、親しみが感じられる。女性は、外見で人を判断したりしない。この人はどういう人からしら、とじっくり時間をかけて、その人の内面をみようとする」

 

「それに比べて男たちは、とにかくルックス第一主義、いや、ルックス一点張り。女性を見るときは美人か、不細工か、それだけ。男性を見る時は、ちゃんと、その人の内面を見ようとするのにね」

 

「もし、女性たちが、男が女性を見る時にそうしているような視点で、tまりルックスだけで男を判断したら、世の中の99%の男たちは、デイトの相手が居なくなると思うよ』

 

「男性は、女性から学ぶべき点が多々あると思う。女装することによって、女性の視点を備えることによって、僕は多くのことを学びました」

 

トッツィーをやってみて感じたことなんだけど、剃ってもすぐ生えてくるスネ毛や腋毛を、自分の肌を痛めつけてせっせと剃る。女だから、男がそれを望むから、ただそれだけの理由。世の男は、女性が、男性の意に添うためにどれだけの苦痛を偲んでいるか全然解ってないね」

 

 

 

こういうこと言うと「男たちだってイケメンだの品評されてる!」とかほざく男がいると思いますが、規模と歴史的背景が違うだろ、と。

それにイケメンだって顔のいい男だったのに、男たちの手によって行動、人格の意味に今は捻じ曲げられてますからね。もともと「女心と秋の空」も「男心の秋の空」だったときいて、あぁこうやって男は自分に都合の悪い事は捻じ曲げていくんだな、と思いました。

こういう、自分の今の立場を捨てて弱者の立場になると「見える世界が違う」というのはあります。↓

 

トランスジェンダー/トランスセクシュアルとフェミニズム

>>>最初「トランスだからナメられているのか」と感じていたものが、潜伏度が上がるにつれて「実は女というものはナメられているものなのだ」と気づいたとき、愕然とする思いがしました。社会的に男性として生きていたときには、正直十分に感じられていなかった領域です。男女共にまったく意識化できない水準で、ほとんど文化的な「ナメ」が存在しています。男は「ナメている」と思わず、女も「ナメられている」とはとらえない、知識では理解できない微妙な違いです。

 

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f:id:asupara1:20141229102407g:plain……男に生まれた特権を特権じゃなくて「当然の権利」と思ってて、女たちの上っ面したみてなく、「男の立場」を捨てたらそりゃ「困惑」すると思います。

でもそういう社会をつくったのは男ですし、結局他人をないがしろにしたら自分に跳ね返ってくるんですよね。